※ブログ更新※「働かない50代問題」に思うこと:退屈とうつ

 

こんにちは、髙橋です。

 

最近話題のネットの記事でトヨタも悩む新50代問題 もうリストラでは解決できない」という特集があります。

そのパート1では、「「終身雇用難しい」発言の舞台裏 トヨタ社長が焦るワケ」と題し、トヨタ自動車の労使双方への取材から明らかとなった「働かない50代問題」が報告されています。

 

記事によると、トヨタにはいまだに年次昇格枠が設定されており、そのため出世する道筋がわかりやすい状態にあるそうです。

例えば、40歳手前で課長に、40代後半で部長というのが基本的な出世コースというものらしく、「このコースから外れると挽回はほぼ不可能」とのこと。

そして、問題の50代については次にような語りが紹介されています。

 

「あぶれた50代も肩書が付く場合があるが、部下はいないし、与えられる仕事も大きくない。相当モチベーションは下がっている。それでも年収で1200万円はもらっているから誰も辞めない」と40代社員は言う。

 

確かに、

社内でも高給取りの50代社員が大した仕事もせずモチベーションも低い状態と言うのは会社にとって大きな損です。

その分のお金で優秀な若手を2人は雇えます。

しかし、

日本の解雇規制や日本の終身雇用の象徴でもあったトヨタとしてはなかなかバッサリとはいけないものです。

最近は、大手企業を中心にある年代以上の社員から希望退職を募ることが増えてきていますが、それはそれで本来残ってほしい人材が辞めて、そうじゃない人材が残ったり、ターゲットを定めた社員を希望退職に応募させるように画策したりなどさまざまなダークな苦労を伴います。

トヨタに限らず、この働かない50代(あるいは働かないおじさん)問題には今後も多くの企業が苦悩すると思います。

 

と、ここまで会社側への不利益について書いてきました。

しかし、加えて考えたいのが働かない50代と呼ばれてしまっている当の本人についてです。

彼らは、世代的に20代、30代の体力や気力にあふれていたころ、猛烈に働いて会社の成長に貢献してきたことでしょう。

それこそ、家庭など顧みずに。

しかし、40代でキャリアの節目を迎え、出世コースに乗ることができなかった。

そして、50代の今、それほど重要な仕事を任されることもなく、モチベーションが低い状態で毎日働いています。

若いころ企業戦士として猛烈に働いてきた彼らにとって、今の状態はものすごく「退屈」なのではないでしょうか。

もちろん、1日中やることがないという状態に置かれるという人は少ないでしょう。しかし、自分の今後に資する良い経験をもたらすようなチャレンジングな仕事をできるような環境に置かれる可能性は少ないということだと思います。

 

この退屈さというものが本人の精神衛生上よくないのではないかと思わずにはいられないのです。

例えば、「定年後うつ」という言葉があります。

これは、主に定年後の男性がそれまでの会社員生活の終了とともに、日々のやるべきことやそれを果たす責任感などがなくなり、喪失感の中で徐々に生活への活力をなくし、何もやる気が起きなくなったり、不眠症になったりすることを指しています。会社の中で長い時間を過ごしてきた中高年男性は人間関係が会社内で完結している人も多く、会社を離れることでやることがなくなるだけでなく、コミュニケーションを取る相手も一気に減少します。そのような定年という節目で生じる精神的な落ち込みを「定年後うつ」と呼ぶことがあります。

このことから推測できるのは、退屈さはうつを引き起こす可能性があるということです。

 

話を「働かない50代問題」に戻すと、ここで問題とされているような人たちも上のようなうつを発症する定年後の人たちと同じように、ある種の喪失感を抱えるのではないかということです。

遮二無二働き、会社に貢献してやりがいある仕事をしていたころと比べて、やりがいのある仕事を望めども与えられず、今の仕事を一生懸命こなしたところでその評価が将来につながるわけでもない。

彼らも大きな喪失感を抱えるのではないでしょうか。

この「働かない50代問題」はトヨタに限らず日本全体にとっても大きな問題でしょう。

またそれは会社にとっての経済合理性といった点だけではなく、当の本人たちの精神衛生に関わる社会問題でもあると思えてなりません。

(以上は、私の勝手な仮説ですのであしからず)

 

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今日は「働かない50代問題」について、退屈さがうつを引き起こす可能性について考えてみました。

この「退屈」の問題は今後の人類にとって重要な意味を持っています。

例えば、今後AIやロボットがさらに発展、普及するなかで、人間が「やるべきこと」ではなく「やりたいこと」に時間を使う社会になったとき、「○○をやりたい」というモチベーションを持たない人間は「退屈の刑」にかけられることになるかもしれません。

 

ああ、学ばな。。。

※ブログ更新※なぜ上司はタスクメーカー化するのか?

 

こんにちは、髙橋です。

 

台風19号が過ぎ去りました。

当方は家もお店もほとんど被害は出ず、心配していた店舗外の幌もそのままで無事でした。

前回大きな被害をもたらした台風15号は、電信柱が倒れたことによる停電など風による被害が多かったですが、今回は降雨による被害が大きいようです。

 

しかし、台風の恐怖に日本中がおびえた1日が明けた13日にラグビー日本代表がスコットランド代表に勝利したことは日本中に元気を与えてくれたと思います。

いや、ほんとうに強いですね。これから先の試合が楽しみです。

 

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今日はタスクメーカー上司について考えてみたいと思います。

 

タスクメーカー上司とは、仕事を無駄に増やす上司のことです。

タスクメーカー(Task Maker)=仕事製造者

 

皆さんの職場にも無駄に仕事を増やしている上司はいませんか?

あるいはあなたは無駄に仕事を増やす上司ではありませんか?

 

「なんで忙しいときに、こんなしょうもない仕事振ってくるんだよ」とか、「別に時間はあるけど、この仕事何の意味があるの?」と思ったことはありませんか?あるいは誰かが言っているのを聞いたことはありませんか?

そうです、その製造元がタスクメーカー上司なのです。

 

「働き方改革」のこのご時世にそんなわけないでしょ、むしろ仕事をドンドン減らしていく時代ですよ、と思われるかもしれません。

しかし、むしろ働き方改革が進むことで上司がタスクメーカー化しやすくなっていると私は思っています。

 

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なぜ上司がタスクメーカー化するのか。イマ考えて思い浮かぶ理由が二つあります。

1.管理職を監視職と思っているから

2.部下の手持ち無沙汰=悪と考えているから

 

1.管理職を監視職と思っているから

ここで言う上司とは主に管理職以上の、マネジメントを主たる業務とする人々のことを指します。

彼らは部下を監督することが重要な職務とされています。

それは本来、「他人の力を通して目標を達成する」ことであるはずです。

しかし、その過程の中では部下の仕事の進捗や仕事の出来栄えなどを確認するようなことが大半を占めるようになります。

そうなるとだんだんと、確認すること=自分の仕事と錯覚するようになり、最終的には部下を監視(モニター)することが主たる職務になってしまうのです。

管理職ならぬ、監視職です。

そして、監視職化した上司はなるべく効率的に部下を監視するために新しい仕組みを生み出します。

「日報に新しい項目追加したからよろしく」

「○○業務のチェックリスト作ったから、今度から進捗を記録して毎週の課会で報告、提出してね」

と言った具合です。

何らかの基準を設けることで監視力の強化や効率化を図ります。

このように、管理職を監視職と思ってしまうことから上司はタスクメーカー化してしまいます。

 

2.部下の手持ち無沙汰=悪と考えているから

上の監視職と通ずる部分もありますが、こちらもあるあるです。

部下を監督する立場にある上司にとって部下の労働時間をコントロールすることは重要なタスクのひとつです。

働き方改革が叫ばれる現在、まず第一に優先されるのは残業の削減でしょう。

部下の残業をなくすために部下の仕事を巻き取り、疲弊している世のマネジャーのなんと多いことか。

しかし、部下に時間の余裕があったらあったで、上司の上司から以下のように言われてしまうのです。

「君の部署の○○さん、最近業務時間中に暇そうにしているように見えるけど、ちゃんと仕事与えてんのか?部下の管理はお前の仕事だぞ。」

そうなんです。

仕事を効率化して、より少ない時間で業務をこなせるように改革すると、それはそれで問題になってしまうのです。つまり、管理職である上司にとっては部下の手持ち無沙汰は悪であり、非効率な部分として映るのです。

これは、管理職である上司(たち)は厳密な労働時間管理の範囲外にあるのに対し、法律上の労働時間管理を厳密に適用される部下という仕組みが背景にあります。

上司にとっては、8時間勤務なら8時間、7時間半勤務なら7時間半の所定時間分しっかりきっちりと仕事させることが重要な職務だと思われているのです。

そのため、働き方改革が進んで仕事に時間の余裕が生まれるとき、むしろ上司はタスクメーカー化します。

「(○○君、最近少し暇そうにしてる時あるな、じゃあ)○○君、倉庫の奥にある古い資料を電子化しておいてくれる?特にすぐに使う予定はないんだけど、まあ念のため。悪いんだけどさ、うん、念のためだから。」

このように、上司は部下の手持ち無沙汰を認識したときタスクメーカー化するのです。

 

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今日は、なぜ上司はタスクメーカー化するのかを考えてみました。

上司がタスクメーカー化する理由として、

1.管理職を監視職と思っているから

2.部下の手持ち無沙汰=悪と考えているから

という二つが考えられます。

たぶん他にもいろいろな理由があると思います。

 

一つ言えると思うのは、

タスクメーカー上司は部下から見たときほぼ間違いなく「嫌な上司」だということです。

特に、以前よりも短い時間で以前と同じ仕事量を処理しなければならなくなっている部下や、一つひとつの仕事に自分がその仕事をやる意味ややりがいを求める若手社員の部下にとっては相当嫌われるのではないでしょうか。

 

皆さんの職場にタスクメーカー上司はいませんか?

あなたはタスクメーカー上司ではありませんか?

さあ、学ばな。。。

※ブログ更新※ベーグル屋と台風への備え

 

こんにちは、髙橋です。

 

今日はベーグル屋と週末にやってくる台風について少し。

 

ベーグル屋は5月1日のオープンからすでに5カ月と少しが経ちました。

早いもので、今月末で6ヵ月、つまり半年経つということになるのですね。

とはいえ、まだ半年です。

店舗併用住宅ということもあり、そもそもお店自体は最低20年くらいは続けられるように計画しているので、そう考えるとまだまだ先は長いです。

 

ただ、幸いなことに、

着実に常連さんと呼べる方々がついてきており、母も常連さんたちとのコミュニケーションを楽しんでいるようです。

 

まだ少し先の話ではありますが、

数年以内に定年になる父もお店にジョインすることになると思います。

 

母とも話すのが、「まずは1年」ということです。

区切りが良いということもありますが、

食品系は季節や気温によって食材やお客様の入りや反応も変わる商売だと思っているので、

まずは1年やってみて、もっといろいろなことがわかってくるのではないかと思っています。

 

最近では、定休日の店舗スペースを生かして、生協の「生活クラブ」さんとコラボした試食会イベントなどを月1回くらいのペースで始めています。

そういった活動も通してベーグルはもちろんのこと、それ以外の価値もお客様や地域にお届けできるように、お店も少しずつ変化や進化をしていければと思っています。

 

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台風19号、明日のお昼ごろから夜にかけて関東地方をもろに直撃する予報となっていますね。

千葉県に大規模停電をもたらした前回の台風よりも大きく、かつ強力な勢力で迫っているそうで、「地球史上最大級」なんて言われています。

前回の台風では、私の住んでいる鎌ケ谷市は大きな被害をなかったのですが、今回は予測進路を考慮すると、何らか大きな被害、停電や断水が発生する可能性が大きいと思います。

もちろん、備えとしての一通りの対応はしますが、問題はお店の方です。

お店の外の「幌」と言われる部分、下の写真左上の青い部分ですが、

この部分が風をもろに受けてしまって、軸ごと吹っ飛ぶんじゃないか?という不安があります。

一応、幌の幕は紐でついているだけなので、取ろうと思えば取れるのですが、専門業者の方につけてもらったものなので、素人が取って付けてをおいそれとできるものなのか。また、幌を取るとその分いつも風雨にさらされていない部分がさらされてしまうので、そちらも大丈夫なのかという両方の不安もあります。

今日はこれから父も鎌ケ谷に来るので、家族会議をすることになると思います。

 

今日はベーグル屋のほうと、台風への備えについて少しだけ。

皆さまも台風にお気を付けください。

 

万一、台風の影響で停電となり、それが長引いた場合はブログの更新が滞る可能性があります。

何事もなく月曜にブログ更新できることを切に願います。

 

それでは。

ああ、学ばな。。。

※ブログ更新※なぜイマドキの若者は「仕事へのやりがい」を求めるのか?

 

こんにちは、髙橋です。

 

今日は早朝ブログを書いていましたが、家を出なくてはいけなくなって書き途中のまま一旦保存したのですが、そのあと中原先生の今日のブログを見たら自分が書き途中だったテーマと同じで驚きました!

中原先生の今日のブログは↓

「最近の若者がフィードバックを求める」のは「右肩上がりにグングン進む大きなちゃぶ台」が失われているからである!?

 

自分は特にフィードバックに言及しませんが、その背景にある若者像はかなり共通していると思います。

ただ、私と中原先生では文章力が「女神と鬼ばばあ」ほどに差がありますので、↓の私の文章を読むよりも中原先生のブログを読んでいただいたほうが有益だと思います。。。

 

ちなみに、、、

今日はラーンウェル関根さんからご案内いただいた「情動知性×リーダーシップ」研究会@立教大学に参加しておりました。(ありがとうございました!)

大変学び多き研究会でしたので、また別の機会に共有できればと思います。

 

それでは、本題に入りましょう。

 

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最近の若いビジネスパーソンは、仕事への動機付けとなる要素として「金銭」を上位に位置づけることが少なくなったと言われます。

また特に、

若手の中でも優秀層と言われるような人たちにその傾向が強いという印象があります。

 

例えば、

就活時に重視している点として、

1位が休日や労働時間などの「働きやすさ」、

2位が「仕事へのやりがい」、

そして3位にやっと「金銭」が入ってくるといった調査結果もあります。

 

ここで、

働きやすさについては、社内制度や働き方改革の進捗度など、ある程度会社全体の動きに左右される部分が多いと思います。

そのため、

仕事現場で新人を指導したり、マネジメントする立場の方々として特に注視しなければならないのは「仕事へのやりがい」でしょう。

 

この「仕事へのやりがい」、

ベテランビジネスパーソンからは、

「何がやりがいだ、、、そんなもん仕事の経験を積んで、修羅場をいくつもくぐり抜けてから言うもんだ!まだ20代そこそこでナマ言ってんじゃねぇ!」

「そもそも仕事にやりがいなんか求めるな、仕事はガマンだ!」

というお叱りを受けるかもしれません。

 

しかし、

アンケート結果や色々なお話からすると、若者たちが仕事にやりがいを求めているのは間違いないと思います。

では、

そもそもなぜ今若者たちは「仕事へのやりがい」を求めるのか、その背景を考えてみましょう。

 

 ▼

 

ひと昔前は、比較的社会や経済が安定し、変化の少ない状態が続いていました。

しかし、今の若手ビジネスパーソンが生まれた1990年代からは常に不況と言われているのを聞きながら育ち、また盤石と思われた名だたる大企業の没落を見てきました。

そして現在はどうか。

安定するどころか、VUCAという言葉に代表されるような、なお一層変化の激しい社会へと突入しています。

 

また、

以前の安定していた社会では金銭、収入が自分と他人を比べる有効なバロメーターとして機能していました。加えて、相当な異常事態が生じなければ今の年収がそのまま徐々に増加していくだけとわかっていたので、そこに「確かさ」がありました。

しかし、

これまでの異常が異常ではなくなり、変化が常となった現代では、今の会社が数年後も同じような売り上げを維持し、収入が安定して上がり続けるということに以前のような確かさがなくなっています。

 

すでに、

自分を支えるよりどころが会社ではなくなっている、

あるいは、

会社に依存するのは危険であるという認識が広まっています。

 

 ▼

 

若者たちは〇〇会社というような所属の持つパワーよりも、

これからの時代に通用する個人に紐付いたパワーを求めているのだと理解しています。

 

とはいえ、

今すぐに起業したり、フリーランスとして仕事をもらえるような能力やコネクションを持っている人は限られているので、そのような思いは抱きつつも多くの人は企業へ就職します。

この自分という個人に紐付いたパワーを求める思いが「仕事へのやりがい」に表れているのではないでしょうか?
やりがいはつまるところ「私にとってのやりがい」ですので、私という個人に実りのある仕事がしたいということです。

 

彼らにとっては、

やりがいのある仕事をすることが自分自身の成長につながり、

その成長が自分自身という個人に紐付いたパワーをもたらし、

そのパワーがイマという変化の激しく不確実性の高い時代を生き抜くチカラになる、

ということなのではないでしょうか。

 

 ▼

 

今日は今の若者が求める「仕事へのやりがい」というトピックを取り上げ、その背景を探りました。

たまたま、今日のブログは中原先生のブログの内容とカブりました。

(中原先生もおっしゃっていますが、以上の若者像は仮説です。)

 

このような若者像は正直私も実感としてありますし、実際に大学生と話す機会があるとそのような意識が本当に高まっていることを毎回感じています。

またの機会に、そのような若者を指導する先輩や上司はどのような点に留意すべきなのかということを考えてみたいと思っています。

ああ、学ばな。。。

※ブログ更新※「第二新卒歓迎」という謳い文句にご注意を!:第二新卒のポテンシャル採用について思うこと

 

こんにちは、髙橋です。

 

現在の社会で「人手不足」が深刻な問題となっていることは周知のことと思います。

このような深刻な人手不足は、二つの視点からの「不足」の掛け合わせによって構成されています。

一つ目が、「絶対数の不足」

二つ目は、「相対的な不足」

 

「絶対数の不足」は生産年齢人口の減少です。

生産年齢人口は15歳以上65歳未満を指しますが、その数は1990年代半ばをピークに1割ほど減少し、現在では約7500万人程度となっています。

また、この減少は今後さらに加速し、2040年くらいには6000万人を切るものとされています。

※生産年齢人口を15歳以上65歳未満ということ自体が今後再考されるべきという話もありますが。

 

「相対的な不足」は求人数の増加によってもたらされます。

働く人、働ける人は年々減少していっているにも関わらず、求人数は特に2015年ごろから顕著に右肩上がり傾向にあります。

この相対的な不足によって人手不足の感がより強くなっているものと思われます。

 

 ▼

 

そのような二重の不足からもたらされた人手不足の中で、「転職市場」は空前の活況に沸いています。

中途採用者において利用されることが多い採用ルートが「人材紹介」です。

人材紹介は企業からの求人要件に合った人材を登録者のプールから選び、企業へ紹介します。その結果、採用に至った場合は初年度年収の3割程度が紹介会社にフィーとして入ってくる仕組みとなっています。

 

人材紹介会社は人を紹介するだけで数百万の売上が上がるので気楽な商売と思われることもあります。

しかし、この人手不足の中では人材紹介会社も紹介するための人材を確保することは容易なことではありません。

 

そのような背景の中で近年増えてきたと思われるのが、第二新卒のポテンシャル採用です。「第二新卒歓迎」といった謳い文句を見かけることも増えてきました。

第二新卒は一般的に新卒入社後に数年で退職した若年求職者を指します。

中途採用をしていて人材紹介会社へ求人を出している会社が本来求めているのは「即戦力」と呼ばれるような人たちですが、その要件を満たすような人材を中途採用市場から確保することはそう簡単なことではありません。そこで、ある種の妥協案といったかたちで、希望するスキルはないが年齢が若い層へまで範囲を広げることになります。

そのため、第二新卒のポテンシャル採用というものが中途採用の対象に入ってくることになります。

 

 ▼

 

ここで問題となるのが、

第二新卒のポテンシャル採用では、まだビジネスパーソンとして経験が浅いにもかかわらず、入社後に十分な教育資源が与えられない可能性が高いということです。

 

一般的に、多くの企業では新卒採用者をOJTやOff-JTを交えながら1~3年程度かけて一人前のビジネスパーソンに育てていくと言われます。しかし、第二新卒はそのような長期的な教育を受けたり、十分な仕事経験を得る前に退職している場合があります。

それでは、彼らが第二新卒のポテンシャル採用として転職をして入社した場合に、前職で十分に教育を施されなかった分の教育資源を配分されるのかというと、おそらくそうはなりません。

 

多くの企業では中途採用者を「即戦力」として採用します。少なくとも、彼らが配属された職場ではそのような扱いで迎えられる可能性が高いでしょう。

当然、その会社の新卒採用者と同じような手厚い教育を受けたり、長い目で成長を待ってくれるということも少ないのではないでしょうか。

 

 ▼

 

すなわち、

第二新卒のポテンシャル採用で採用されると、まだ十分な教育を受けていないかつ仕事経験を積んでいない状態で、普通の中途採用者と同じ「即戦力」としてのはたらきを期待されるかもしれません。

十分な能力や経験があっても、転職後に即戦力として成果を上げることを難しいとされています。例えば、立教大学の中原先生の『経営学習論』や甲南大学の尾形先生の2017~2018の一連の中途採用者研究でも「即戦力」というラベリングによって中途採用者に困難をもたらすことが示されています。

そのため、十分な能力や経験すら持たない“ポテンシャル”である彼らが新しい組織に適応し、定着し、成果を上げていくことは相当難しいことが予想されます。

 

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今日は昨今の人手不足に起因する第二新卒のポテンシャル採用について考えました。

第二新卒のポテンシャル採用には、能力や経験が不足した中で「即戦力」として入社するという困難な道が待っている可能性があります。

第二新卒の求職者は採用プロセスの中で十分に入社後のキャリアや教育プランなどについて十分に確認する必要があるかもしれません。

また、採用する側の企業は第二新卒のポテンシャル採用をただの人手不足対策の即戦力採用として行うことの危険性を考慮し、採用者の能力や経験に応じた対応が必要になるかもしれません。

 

ああ、学ばな。。。

※ブログ更新※ジョブローテーションのメリットとデメリット

 

こんにちは、髙橋です。

 

昨日の投稿では、ニトリの似鳥会長の著書『リーダーが育つ55の智慧』を取り上げ、特に似鳥会長ご自身の「アメリカ視察」体験のエピソードをご紹介しました。

 

 

この本では、ニトリにおける人材育成についてもいくつか言及がされています。

なかでも、似鳥会長が社員教育の根幹と主張されているのが「配転教育」、つまりジョブローテーションです。

 

本によると、このジョブローテーションにより、社員は2~3年に一度は在籍する部署を変えることになるそうです。

配転教育によりニトリが目指しているのは、スペシャリストでありかつゼネラリストである「ビジネスのプロ」を育てることです。

 

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このジョブローテーションという人材育成施策は確かにメリットがあると思います。

例えば、色々な部署をまわって自社の組織や製品について幅広い知識を身につけたり、多くの人とのネットワークを得ることができるかもしれません。

しかし一方で、一つの部署で長く働くことによって身につく専門性が得られない可能性があったりというようなデメリットも想像できます。

ここで、ジョブローテーションのメリットとデメリットについて少し整理してみたいと思います。

 

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まず

ジョブローテーションのメリットとは何でしょうか。

・自社についての広い知識・技能を持つ

・社内での顔がひろくなる

・新しいアイデアや改善が生まれる可能性

・業務の属人化を防ぐ

 

・自社についての広い知識・技能を持つ

例えば、営業から生産管理、生産管理から製造、製造から経理など様々な部署を数年おきに移っていくことで、自社に関わる様々な知識や技能を持つようになるかもしれません。これにより、社内での汎用性の高い人材を育成することができ、また一つの業務に関わっていてもその業務が自社内のどんな役割を持っているのかを認識できるようになると思われます。

 

・社内での顔がひろくなる

色々な部署を回って、様々な人たちを一緒に働き、社内に多くのつながりを持つようになります。すなわち、社内での顔が広くなることになります。これは、業務を円滑にまわしていくために重要なネットワークとして働きます。

 

・新しいアイデアや改善が生まれる可能性

自分の部署に足りないところや問題点は自分自身では気づけないことが多いです。自部署では当たり前のことだけど、他部署から来た人間から見たら明らかにおかしいということがあります。そのような新しい視点から業務の改善が行われたり、人と人が交わることで新たなアイデアが生まれてくる可能性もあります。

 

・業務の属人化を防ぐ

ひとつの部署に長く在籍することが当然の組織では、得てして業務が属人化します。業務が属人化し、「・・・については○○さん」という状態になってしまうと、万一その担当者がいなくなったときに業務がストップしてしまうという事態になりかねません。ジョブローテーションがあるとその前提の下に業務の標準化が推進・推奨されることでしょう。

 

 ▼

 

逆に、

ジョブローテーションのデメリットは何でしょうか。

・一時的な生産性低下の可能性

・エンゲージメント低下の可能性

・専門性を持った人材が育たない可能性

 

・一時的な生産性低下の可能性

ジョブローテーションが実施されると、今まで身につけてきた知識や技能が通用しなくなります。そのため、また新たに業務に関わる知識や技能を身につけなければならず、その間はジョブローテーションをしなう場合と比べて一時的に生産性が落ちることが考えられます。

 

・エンゲージメント低下の可能性

現在の部署に在籍して数年経ちやっとその仕事のイロハがわかってきたという従業員にとって、ジョブローテーションは「またイチから」を意味します。それが繰り返されることにより、従業員は現時点での自分の仕事にコミットすることの価値を低く見積もることになる可能性があります。そのため、結果的にエンゲージメントが低下し、場合によっては配転が退職を招く可能性もあるでしょう。

 

・専門性を持った人材が育たない可能性

ニトリの例では、配転教育はプロフェッショナルかつゼネラリストであるビジネスのプロを育てるという意図がありました。しかし、ジョブローテーションは専門性を身につけにくくするという指摘があります。業種などにもよるかもしれませんが、その業務のプロと言えるような隅々まで知り尽くした専門性を持った人材に成長するには予想以上に時間がかかります。そのため、例えば2~3年でジョブローテーションをする場合は、むしろ専門性を持った人材を育てない、もしくはその成長を阻害する可能性があります。

 

このように、

ジョブローテーションにはメリットとデメリットがあります。(多分他にも色々とありそうです。)

 

 ▼

 

今日はジョブローテーションのメリットとデメリットについて書きました。

皆さんの職場では今回のジョブローテーションのように、配置転換を人材育成施策として利用されていますか?

そして、その施策は機能していますか?あるいは効果を実感されていますか?

 

よし、学ばな。。。

※ブログ更新※評価制度について最近思うこと:奇数段階評価と偶数段階評価

 

こんにちは、髙橋です。

 

先日の「ラーニングイノベーション論」では、「実践!フィードバック」と題し、受講者がペアになって具体的なケースについて上司役・部下役に分かれてフィードバックの練習をしました。

 

先生曰く、

「フィードバックは練習でもとても疲れるので、しっかり休憩取ります」とのこと。

おっしゃる通りでした。。。

 

 ▼

 

私は会社組織の中でフィードバックする側になったことはありません。

なので、上司&部下での半期ごとや3カ月ごとなどで実施されるフィードバックは部下として上司からのフィードバックを受けたことしかないわけです。

 

他の参加者から自社のフィードバックの様子について伺いました。

すると、

結局、査定の結果を伝えるだけみたいな感じになってる

といった声がありました。

 

これはよく聞きます。

「フィードバック=査定結果を伝える」と考えているマネジャーがかなり多いのではないでしょうか?

 

また、他の参加者の声で、

フィードバックする側のできる人、できない人のばらつきがすごい

というものもありました。

 

フィードバックがただ査定を伝えて終わりであったり、単に上司が部下を叱る場になっていたり、そんな実態が見えてきます。

 

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上でも書いた通り、フィードバックは従業員の査定通知と同時に行われることが多いと思います。

 

自分が最近思うのは、

人事評価は奇数段階評価ではなく、偶数段階評価が良いのではないかということです。

 

世間一般で多いと思うのが5段階評価です。

5段階評価は奇数段階評価ですが、

なぜ奇数段階だと良くないかというと、「真ん中」があるからです。

つまり、「3」という評価があることで、査定する上司側にとっても、査定される部下側にとっても逃げ道を作ってしまうからです。

 

例えば、上司側は「3」を付けることで、「3」よりも良い評価や逆に悪い評価を付けた場合にも必須になる、その評価を付けた理由をそれほどしっかりと説明せずに済みます。

逆に、部下側は「3」の評価を付けられると、「自分は4に近い3だろう」などと自由解釈することができます。そのため、実際は「2に近い3」であっても。その現実から逃げることができてしまうのです。

 

このように、奇数段階評価では「真ん中」があることで、上司側にとっても、部下側にとっても、「逃げ道」を作ってしまうことになります。

ただ、「3」という逃げ道があることが利点であるという意見もあるかもしれませんが。。。

 

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例えば、そのような奇数段階評価の持つ問題に対応するために、5段階評価だった人事評価を、偶数段階評価に変更した例として、ニトリホールディングスがあります。

ニトリでは2011年にそれまでの5段階評価から6段階評価に変更しました。

6段階評価にすることで「真ん中」がなくなるため、少なくとも「良いほうなのか」「悪いほうなのか」ということがはっきりします。

このような評価制度の変更をすると社内にはショックが走ります。

実際、制度を変更した当初、ニトリの中でも社員からクレームがあったそうです。

 

しかし、この偶数段階評価にはいくつかの良い点があると思います。

まず、上司は部下の現状について、「良い状態」なのか「悪い(改善すべき)状態」なのかを「決断」しなければならないことです。そして、その決断に伴いしっかりと部下と向き合ってフィードバックする必要が生まれます。そのような決断とフィードバックの経験を積み重ねることで、マネジャーとしての成長が期待できます。

また、逆に部下は今の自分の状態が上司から見て「このままでいいのか」、あるいは「改善すべき状態なのか」を確認できることです。

 

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今日は、評価制度について少し思うところを書いてみました。

人材育成もそうですが、評価制度も「これでバッチリ!決定版」というものはなく、それぞれの組織のその時々に合った評価制度があるのだと思います。

ただ、評価制度は変更に伴う対応が大変であったり、社内への影響度合いの強さから、ついつい「今のままでいいか」となりがちです。

まずは、自組織の評価制度が効果的に運用されているのか、またそれがフィードバックの場面にもしっかりと接続させられたものとしてデザインされているのかということを再考してみてもいいかもしれません。

 

※ニトリさんの事例は、似鳥会長の著書『リーダーが育つ55の智慧』(角川書店)p.144-6に詳細が書かれています。

よし、学ばな。。。

※ブログ更新※新人さんたちに送った言葉:「白インクを切らさないでほしい」

 

こんにちは、髙橋です。

 

28日(土)に某社様での新入社員研修にサブ講師として登壇させていただきました。

先方の企業はラーンウェル関根さんのお客様で、関根さんからお声がけいただき6月と今回9月の2回の新人研修に登壇させていただく機会をいただきました。(ありがとうございました!)

また、当日はさらにラーンフォレスト林さんとラーンネクスト栗原さんを加えた講師4名体制で二つの会場での新人研修を実施しました。

関根さん、林さん、栗原さんには、いつも学びの機会・実践の機会・内省の機会をいただき大変お世話になっております。感謝しかありません。

今回の研修でも、私自身の課題がたくさん見つかりました。

 

研修は、もちろん受講者の学びのための場ですが、教える側の講師にとっても大きな学びの機会になっていることを改めて実感しました。

そして、この2回での研修から持ち帰ってもらったものが、受講者である新人さんたちの職場での成長や活躍につながることを願っています。

 

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研修の終盤で、組織に対する新人加入による影響についてメイン講師の林さんが解説されていた際に、私にも話を振っていただきました。

私からは「白インクを切らさないでほしい」ということを受講者の皆さんにお伝えしました。

 

白インクは新入社員の方々が持つ新人らしさやその組織にはない別の視点などのことです。

逆に、組織に根付いた常識、考え方、価値観は黒インクです。

これから新人さんたちが働き、様々な仕事を覚えていく職場にはその黒インクがひたひたに溜まっています。組織という黒インクの塊に新人という白インクが少し落とされただけでは、少しその部分が灰色になる程度のものでしょう。

 

そしておそらく、組織に加入した新人は黒インクに染まっていきます。

しかし、組織社会化されること、組織に適応することを「染まる」と表現することがあるように、組織に染まることは悪いことではありません。

むしろ、組織の中で仕事を学習し、人々と協調し、成長していくことは「染まる」こととほとんど同じことです。

組織の中で周りの人たちと協力して仕事に取り組んでいくために多かれ少なかれ「染まる」ことは不可欠だと思います。

 

ただ、一方で失っていくものがあります。それが白インクです。

組織加入当初に持っていた新人らしさ、組織内の人たちとは違う視点や意見。

そういったものが組織に染まっていくうちに失われていきます。

しかし、そのような組織の常識や論理から離れた視点や意見は、組織側に刺激を与え新しいアイデアが生まれたり、業務の改善を促したり、周りの人たちを成長させるポジティブな側面を持っています。

 

だから、

新人さんにはその白インクを切らさないでいてほしい。

黒インクに染まりつつも、組織に刺激を与えて変化を促す白インクの部分を少しでもいいから持ち続けてほしい。

 

そのためには、

色々なことに興味をもって学び続けるしかないと思います。

一番簡単なのは書籍などからの学びでしょう。

他にも、今であれば越境学習して自組織以外の人々から学びや刺激をもらうことはそれほど難しいことではありません。

 

新人だから学ぶ、もう新人でないから学ばないではなく、学び続ける。

今そしてこれからの組織(あるいは社会)はそういう人たちを歓迎してくれます。

ベクトルを自分にも向けて、そのように思いました。

 

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今日は、先日の研修で新人さんたちにお話しした、「白インクを切らさないでほしい」ということの意味について、メモ程度ですがお伝えしました。

このことは、言葉を変えれば「自分自身をアップデートし続けてください」ということに他なりません。

それは新人さんたちだけではなく、もっと多くの人たちにとっても重要なテーマであり、また私自身への戒めでもあります。

よし、学ばな。。。

※ブログ更新※消費増税まであとわずか!駆け込み需要はそうでもないらしい、、、

 

 

こんにちは、髙橋です。

 

 

ご存知の通り、

10月1日から消費税が8%から10%に変更されます。

 

消費税はわれわれ全員にとってもっとも身近な税金であることから、ニュースなどでの扱いも大きいものです。

いつの間にか気づかないうちに上がっているような厚生年金保険料などと比べると一目瞭然です。

 

また、

消費増税とセットで語られることが多いのが「駆け込み需要」。

消費税が上がる1日でも前に買うだけで支払額が少なくて済むことから生じる「特需」の一種です。

 

この駆け込み需要、これまでの消費増税のときとは様子が違うといった報道をよく目にします。

つまり、今回の消費増税は駆け込み需要が少ないというようなニュースやWEBの記事などを最近見ることが多くあります。

 

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消費増税による駆け込み需要は、例えば当社のベーグル屋のような小売店やレストランなどの飲食店などはあまり関係がありません。

 

なぜか。

理由は二つ。

価格が安いこと、耐久性が低いことです。

価格が安ければその分税額も少ないため、増税前に購入することのメリットが少なくなります。

じゃあ、たくさん購入すれば、そして総額が何十万円になれば駆け込みのメリットは大きくなるではないか?

 

しかし、その場合も困難があります。

耐久性の低さと保存スペースが問題です。

食品であれば賞味期限や消費期限があり耐久性が低いうえに、冷凍・冷蔵ものであればそもそもの保存スペースがかなり限られたものになります。

瓶や缶タイプのものであれば常温での長期保存が可能ですが、それなりの数を購入しないと何十万円という購入額にならず、当然購入した場合はその保存スペースも問題になります。

 

なので、食品関係で駆け込み購入をお薦めできるとすれば、高級なお酒とかに限られるのではないでしょうか。高級なお酒は質量あたりの価格が高く、また長期保存ができるからです。とはいえ、普段そんな高級なお酒買わないよという方が買ってもあまり意味がないので、普段からそういったものを嗜む方がまとめて購入するという場合に限られると思います。

 

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では、駆け込み需要で購入の対象となる商品はどんなものか。

それは上記とは逆に、価格が高くて耐久性が高い商品です。

 

その代表が不動産、車、家電です。

これらは価格のレンジが数十万~数千万なので、増税前に買うことによるメリットは大きくなります。また、同じものをたくさん買うものでもないので、保存スペースは問題になりません。

 

しかし、これらかつての駆け込み需要のメイン商品たちがそれほど売れていないらしい。

 

まず、不動産はそもそもここ数年で不動産価格が上昇したことで、その上昇幅と比べると消費税の2%の差は小さく、増税による駆け込み需要への影響は低いと言われます。また、2020年のオリンピック後に不動産価格の下落が見込まれることからもむしろ買い控えの雰囲気の方が強いのではないでしょうか。

 

自動車はいくつか要因が考えられます。短期的には、自動車税の改正により増税前と増税後の購入で生じる差を少なくする対応がとられていることと言われています(あまり私は詳しくありません)。ですが、そんな税制改正をしっかりキャッチアップして理解している一般消費者はかなり限定的なので、家計消費としての自動車購入にはほとんど影響を与えていないのではないかと思っています。そもそも、自動車の国内生産台数や販売台数は長期的に完全な下降トレンドなので、以前増税した時期と比べて需要自体が下がっています。他にも、シェアリングエコノミーが拡大し、自動車が必ずしも所有する必要のないものとして再定義され始めていることも重要なポイントだと思います。ただ、会社の業務などで使用する商用車については、家計消費と比べて、まだ駆け込み需要があるものと推測されます。

 

家電ですが、こちらは不動産や自動車と比べると、駆け込み消費による販売の伸びが見られるそうです。これには、2009年に導入された家電エコポイント制度の時期に購入された家電のライフサイクルによる買い替え時期に重なることが影響していると言われます。テレビや洗濯機、冷蔵庫などはおおむね10年前後で買い替えを迎えるので、2019年はちょうどいいタイミングなわけですね。ただ、家電の場合は不動産や車と比べて、需要の先食いといった側面がつよいので、増税後の消費落ち込みも大きい商品だと言われます。また、以前の増税時とはそもそもの金額がだいぶ低くなってます。以前であれば、大型テレビが50万円など普通でしたが、今ではその当時よりも大幅に高品質の商品が10万円以下で購入できます。なので、前年同月比〇%増といっても、売上ベースでは3%→5%の時や5%→8%の時とは駆け込み消費の全体量がだいぶ少なくなっているのではないのでしょうか?

 

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今日は最近よく見かける消費増税に関わる駆け込み需要について取り上げました。ベーグル屋は駆け込み需要とはほぼ関係ありませんが、増税自体は会計処理に関わってくるので、やることだけ増えただけで「・・・」という感じです。

 

もちろん、駆け込み需要、駆け込み消費が全くないというわけではなく、当然前年比でみた場合の販売は多くの業界で増加しているそうです。しかし、以前の増税時に見られたような活気はなく、駆け込み需要に備えて肩透かしにあっているというような情報も散見されました。

 

多分、この話をもっと掘り下げると、山口周氏がよく書いている「役に立つ」から「意味がある」へのシフトという問題が基底にあるものと思われます。そのことも加えて、また続きを書きたいと思っています。

 

 

よし、学ばな。。。

※ブログ更新※部下とのコミュニケーションの勘所!?:確認のしすぎにご注意を!

 

 

こんにちは、髙橋です。

 

私も普段、ベーグル屋「manana bagel」で製造の手伝いや店番とかをします。

そして、特に製造の際は「上司―部下」関係で言うと、母親が上司で、私が部下のような関係性になります。

母親「○○お願い」ピシー

私「はい」セッセッ

まあ、ベーグル屋のほうは経営・経理が私(息子)で、製造・販売が母親と分けているので、、、

 

しかし、

 

昨日こんな一幕がありました。

 

母「フルーツティーのカップを取って」

私「はいよー(冷凍庫から取って渡す)」

母「冷凍庫閉めた?最近閉めにくくなってるから」

私「(確認してから)閉めてあるよ」

母「ほんとに?ちゃんと閉まってる?」

私「(もう一度確認して)閉まってるって!(イライラ)」

 

お見苦しい場面をお伝えして申し訳ございません。

確かに、その時はイラっとしました。

しかし、

ただ私のイライラを皆さんに聞いてほしいだけで書いているわけではございませんん。

 

というのも、

このやり取りのときに、思いました。

確認をしすぎることによって、確認をされた側がイライラしてしまうという場面は、働く大人の職場、特に上司と部下のコミュニケーションの現場ではしばしば起きるということです。

 

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部下育成において重要だとされる考え方のひとつに、「仕事を任せる」ということがあります。

部下がかわいいのであれば、仕事を任せ、チャレンジさせ、責任感を持たせるのが大事だと。

確かに、部下がまだ半人前だからといって仕事を任せず、サポート的な役割だけをさせていたら、成長に時間がかかるし本人のモチベーションを下げてしまうかもしれません。

 

それでは、部下に仕事を任せてそれで終わりでしょうか?

 

そうではありません。

たいていの場合、部下に仕事を任せ、「確認する」までが上司の仕事だと言われます。(部下育成関係のビジネス書に頻繁に書かれていると思います。)

つまり、部下に任せた仕事を確認して見届けるまでが上司の役割だとされるのです。

 

しかし、

私と母のやり取りからわかる通り、確認にも「程度」というものがあるように思えます。

「確認のしすぎ」は、えてして相手(部下)をイライラさせてしまいます。

 

上司「この前頼んだ資料の確認終わっている?

部下「はい」

上司「先方の課長、結構うるさい人だからさ、念のためもっかい確認しといてくれる?」

部下「え、あ、はい、わかりました」

 

こんなやり取りは職場で普通にありそうですが、実際のところ部下くんには地味に精神的にきついです。

私と母は家族なので、イラっとした態度を普通に取れますが、上司と部下の関係ではそういった表情もできません。なので、イライラというよりもなんか落ち込むような感情になる可能性もあります。(個人や上司との関係性によって違う)

 

このような場面で部下が上司に対して抱くイライラや不安の正体は次のようなものではないでしょうか?

「あれ、信用されてない?」

 

上司の過剰な確認は、部下に「自分は上司に信用されていないのではないか?」というイライラ、あるいは不安を招きます。

 

人は、相手に信用されていないかもしれないと疑問を持ったとき、相手を信用しなくなると思います。

 

こういったちょっとしたきっかけで上司と部下の間にコミュニケーションロスが生まれはじめ、実際の業務上のやり取り、意思の疎通といった面でマイナスの影響をもたらすのです。

 

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確認を怠らない上司は、上司としての自分の役割をしっかりとこなそうとしている真面目な仕事人です。

 

だからこそ、です。

上司として部下の仕事を確認することに一生懸命になることが逆に、部下からの信用を失い、部下との関係にディスコミュニケーションを引き起こす可能性があるのではないでしょうか。

(もちろん、部下のミスをカバーすることになるのが面倒くさいから、事前に確認しまくっているだけ、という場合も往々にしてありますが、、、)

 

 ▼

 

今日は、「確認のしすぎ」が部下とのコミュニケーションにおいて危険をはらんでいるのではないか?というようなお話をしました。

途中、お見苦しい家庭劇場をお伝えしてしまい申し訳ありませんでした。

 

ただ、「確認のしすぎ」が部下にイライラや不安を引き起こし、ひいては上司(自分)への不信を招く可能性があることをお伝えしたいと思いました。

 

皆さんはいかがでしょうか。

部下に任せた仕事を確認しすぎてはいませんか?

 

確認のしすぎにご注意を!

 

 

よし、学ばな。。。